開発輸入と関連商権の展開
開発輸入と関連商権の展開

総合商社が鉄鉱石商権の獲得を目指すのは一般的には以下のメリットがあるからである。

まず、 日本の巨大な鉄鉱石輸入を取り扱うこと自体が総合商社の収益源となる。鉄鉱石は高度成長期の日本の輸入品目の第3位にあたる重要品日であった。総合商社の鉄鉱石取扱口銭は1トン当たリー律70円の定額口銭となっているため、鉄鉱石価格の変動にかかわりなく、輸入量が維持されるならば総合商社に安定的な収益をもたらすものであった。1960年代の大規模プロジェクトは一面では巨額の初期投資を必要とするが、他面ではいったん開発されると長期にわたって安定的に出鉱し、また鉄鋼企業の引取保証を得ておこなわれるため、投資資金を回収した後は総合商社の優良な収益源となった。また、開発参加プロジェクトの場合には幹事商社が投資主体となることが多いが、 これによって投資に対する配当収入が得られる。

さらに、鉄鉱石商権は以下のような関連商権と密接な関係をもっている。

第一に、鉄鉱石取引の拡大が鋼材商権の強化と結びついている。総合商社の鉄鋼分野における主要な営業基盤は、原料輸入や鋼材の輸出よりもむしろ鋼材の国内流通にある。総合商社は国内商権を維持・強化するために貿易分野の強化をはかっていた。とりわけ丸紅や伊藤忠商事のように戦後になってから鉄鋼分野にのりだした後発総合商社にとっては、鋼材の国内流通が戦前以来の指定問屋制をとっているため、国内流通よりも競争的・流動的な鉄鉱石開発輸入に取り組むことが鉄鋼企業との取引関係を形成するための手段でもあった。

その半面、前述したように総合商社の鉄鉱石輸入取扱高は、鉄鋼企業がその購入量から割り当てるので、国内の景気変動に対して店売り取引で需給調節機能を発揮できる総合商社には、 その役割が評価されて鉄鉱石割当を増加されることがある。つまり、鉄鉱石商権と鋼材商権の関係は双方向的である。

第二に、海外鉄鉱山開発プロジェクトが欧米の資源企業との合弁事業としておこなわれているので、総合商社はその企業との取引関係を通じて非鉄金属など他の資源の取扱を強化することができる。別の品日ですでに欧米資源企業との取引関係をもっている場合には、 これを基礎として鉄鉱山開発プロジェクトヘの参加の道が開かれるケースもある。

第三に、プロジェクトヘの参加は設備資機材などのいわゆる付随取引をもたらす。オーストラリアのハマスレー・プロジェクトの1969年末における固定資産内訳は、鉱山設備機械、ペレットエ場といつた生産設備が32%であるのに対して港湾関係17%、鉄道26%、住宅関連16%、動力設備9%とインフラ投資が大きな比重を占めている。また76年末では固定資産費用項目のうちプラント・機械が2億8700万豪ドルであるのに対して、社会的インフラ2億1000万豪ドルと産業インフラ3億2400万豪ドルとを合わせると全体の3分の2を占めている。

港湾整備に多大な資金が投じられているのは大型鉄鉱石専用船を就航させるためである。また、ハマスレー鉄鉱山のある西オーストラリア州ピルバラ地方は広大な荒れ地であったから鉄鉱山開発のためには労働者が生活する町そのものをつくらなければならなかった。鉄鉱山のあるトム・プライス、港町ダンピアおよびカラーサの総人口1万4000人中、ハマスレー鉄鉱山の関係者とその家族は9900人で71%に達している。

こうした大規模プロジェクトにともなう巨大なインフラ、設備資機材市場は、参加する総合商社の重要な営業機会となった。これには大小さまざまなものがあり、全貌をつかむのは困難であるが、三井物産はこの他にマウントニューマンにおいては1967年、神戸製鋼所のクラッシャー、パワーショベルなど約6000万米ドルの輸出を産業建設機械部を通じて成約している。

大規模開発プロジェクトにともなう派生的取引機会の存在は総合商社が当該プロジェクトに参加するさいの重要な判断材料のひとつであつた。それは三井物産の「商社が自ら資源開発にのりだすことは開発用資材、機器の輸出につながるばかりか、低開発国の需要創造にみあった輸出増進にも結びつくことになり、一貫した輸出入改革を実行することが可能になる」とぃう位置づけに端的に表されている。

幹事商社体制と鉄鉱石商権

鉄鋼企業は、設備投資、資金調達などをめぐっては互いに激しく競争しているが、原料確保については外国鉄鋼企業との国際競争力保持のために共同購入をおこなっており、相対的に協調的である。つまり、鉄鋼企業は鉄鋼原料輸入を日本鉄鋼企業総体の立場でおこない、相互に平等な競争条件を提供しあっている。

海外鉄鋼原料開発プロジェクトは欧米資源企業を含む国際コンソーシアムの形態をとるのが一般的であるが、そのさい日本側企業を代表するのは鉄鋼企業であり、総合商社ではない。この意味で山元はどのような商社が対日輸出の窓口となるかには無関心である。また山元と日本鉄鋼企業との関係は、前者は鉄鋼生産に必要な大量の鉄鋼原料を後者に供給し、後者は大規模に産出される鉄鋼原料に見合った市場を前者に提供するという、利害の一致にもとづく協調関係にある。

少数の大規模鉄鉱山から日本鉄鋼企業が共同購入をするようになった結果、輸入業務が多数の窓口商社に分散され、それらの上に1~2社の幹事商社が置かれるようになった。

総合商社にとって、幹事商社となることは当該銘柄の輸入取扱割当において優先的な地位を事実上保証されるということを意味する。オーストラリアにおける新規開発鉄鉱山の開発・出荷開始とその幹事商社の順位の上昇やシェアの拡大とが符合していることがわかる。すなわち、丸紅の1965年度の8位から68年度の3位への上昇には、66年度のゴールズワージー、ハマスレー両鉄鉱山の対日出荷開始が対応しており、同様に伊藤忠商事の68年度以前の9位から70年度の6位への上昇には69年度のマウントニューマン鉄鉱山からの供給開始が対応している。また、三菱商事は前述のハマスレーに加えて68年度にサベージリバーの開発を契機として一時、三井物産を押さえて1位となったが、その後マウントニューマンの供給開始により再び三井物産に抜き返され、72年度のローブリバーの開発後はむしろその差が拡大している。

このように、大規模プロジェクトの幹事商社の地位を得ることは総合商社が鉄鉱石輸入取引を強化するための決定的な条件であった。したがって総合商社各社は大規模プロジェクトの幹事商社の地位をめぐって競争し、1970年代前半には鉄鉱石供給源の「分割」がほぼ終了した。

開発輸入における総合商社の機能:鉄鉱石輸入と幹事商社

1960年代以降、海外鉄鉱山からの鉄鉱石輸入をとりまく企業間関係は以下のようになっている(岡本1984)。

まず海外鉄鉱山の山元(シッパー)から日本の商社を通じて、あるいは直接に鉄鋼企業に対してオファーがもちこまれる。山元との輸入契約交渉には商社を媒介させることなく鉄鋼企業が直接にあたるが、そのさい交渉は個別鉄鋼企業ごとにはおこなわれず、いわゆる共同購入の形態をとつている。すなわち、供給源ごとに幹事会社が決まっており、山元との交渉にあたってはこの幹事会社が日本鉄鋼産業を代表する。交渉は幹事会社を通じて一元的になされるが、契約は個別鉄鋼企業ごとに締結される。各鉄鉱山には輸入実務を代行する窓口商社が数社から十数社存在し、各鉄鋼企業は窓口商社のあいだにそれぞれ取扱数量を割り当てる。窓口商社のうち2社程度の幹事商社が、鉄鋼企業に対して窓口商社を代表する。幹事商社には総合商社がなる。

幹事商社の具体的業務は以下のようなものである。
①山元との間での会議、交渉(契約交渉、価格改定交渉)における通訳、資料の翻訳。
②情報サービス(採掘状況、労務管理状況、輸送状況、積出港での鉄鉱石事前処理状況等)。
③他の窓口商社との間での配船計画などの調整。

これらは幹事商社に公式に割り当てられた業務であるが、実際には当該プロジェクトの円滑な運営全般について鉄鋼企業から事実上委託されていると考えるべきである。以下ではそのうち典型的なものを取り上げる。