開発輸入と関連商権の展開
開発輸入と関連商権の展開

20世紀後半まで、世界の鉄鋼産業を考えるとき、日本はきわめて重要な位置を占めていた。戦後の高度経済成長によって鉄鋼生産を急速に拡大し、巨大な高炉を備えた製鉄所を各地に建設し、海外から大量の鉄鉱石や石炭を輸入して、それを自動車、造船、機械、電機、建設などの産業へ供給したからである。

ところが、20世紀末から21世紀に入ると、この世界の構図が大きく変化する。その中心に登場したのが中国だった。

中国では鉄鋼生産が急激に拡大し、2000年代には世界の鉄鋼市場に占める存在感が急速に高まった。2001年時点で約2億1800万トンだった中国の粗鋼生産は、2009年には約5億7,000万トン規模に達していることが資料から確認できる。わずか10年足らずの間に、中国の鉄鋼生産は約2.6倍に拡大した。

この変化は、中国国内の産業構造だけを変えたのではない。鉄鉱石、原料炭、海運、製鉄設備、鉄鋼製品など、世界の資源ビジネス全体を動かす巨大な需要が新たに生まれたのである。

中国の工業化が生み出した巨大な鉄鋼需要

鉄鋼生産の拡大には、それを必要とする産業の成長が不可欠である。

中国では都市化、インフラ建設、住宅建設、機械産業、自動車産業などが急速に拡大した。鉄道、道路、橋梁、発電所、工場、住宅などを大量に建設するためには、膨大な量の鉄鋼が必要になる。

つまり、中国の鉄鋼業の成長は、製鉄企業だけの成長ではなかった。国内の巨大な固定資本形成と工業化が、鉄鋼需要を押し上げ、その需要に対応して製鉄能力が拡大するという循環が形成されたのである。

この点は、戦後日本の高度成長との比較からも興味深い。

日本でも1950年代から1970年代にかけて、道路、港湾、住宅、工場、自動車、船舶などの需要が鉄鋼業の成長を支えた。しかし中国の場合、その規模ははるかに大きかった。人口規模が大きく、しかも経済発展の地域的な広がりが大きかったため、鉄鋼需要の増加が長期間にわたって続いた。

その結果、中国は国内最大級の鉄鋼市場であると同時に、世界最大の鉄鋼生産国となっていった。

鉄鋼生産の拡大は資源需要の急増を意味する

鉄鋼業が巨大化すると、それに伴って鉄鉱石の需要も急増する。

高炉で鉄を生産するためには、鉄鉱石を安定的に大量に調達しなければならない。したがって、中国の鉄鋼生産能力が拡大するということは、そのまま世界の鉄鉱石市場に巨大な需要が追加されることを意味した。

資料では、中国の鉄鉱石輸入についても2000年代に急速な拡大が確認されている。2000年代には中国の鉄鉱石輸入量が急増し、2009年には世界の鉄鉱石市場において中国の存在が極めて大きなものとなっていた。

ここで重要なのは、中国が単純に「鉄鋼を大量生産する国」になったということではない。

中国の鉄鋼業の巨大化によって、世界の資源需要そのものが中国を中心に再編され始めたのである。

それまで日本の鉄鋼業が世界の鉄鉱石市場における重要な需要家であった。しかし中国の需要が急拡大すると、日本企業の需要だけを前提として構築されていた資源供給構造では対応できなくなった。

鉄鉱石供給側にも巨大企業が形成された

需要側の中国が巨大化する一方で、供給側でも大きな変化が進んでいた。

鉄鉱石産業では、BHP、Rio Tinto、Valeなどの巨大資源企業が国際的な鉱山開発と供給を担っている。これらの企業は、単一の鉱山を経営するだけではなく、複数の鉱山や資源権益を世界各地に持ち、巨額の投資によって生産能力を拡大してきた。

2000年代には資源企業同士のM&Aも活発化した。鉄鉱石需要の拡大と資源価格の上昇を背景として、資源企業の規模がさらに拡大し、世界の鉄鉱石供給は少数の巨大企業への集中度を高めていった。

その結果、鉄鋼メーカー側では中国のような巨大需要家が登場する一方、資源供給側では巨大資源メジャーが形成されるという、巨大企業同士の対峙が生まれることになった。

これは資源ビジネスの構造を大きく変える。

資源価格や契約条件は、単なる「売り手と買い手」の関係だけでは決まらない。資源会社の生産能力、鉱山開発投資、中国の鉄鋼需要、海運能力、世界経済の景気など、複数の要素が複雑に作用するようになるからである。

中国国内でも鉄鋼企業の再編が進んだ

中国の鉄鋼業には、もう一つ重要な特徴がある。それは、膨大な数の鉄鋼企業が存在する一方で、政府の政策などを背景として企業の統合・再編が進められたことである。

2000年代には中国国内の鉄鋼企業の集約化が進み、主要企業の生産規模が拡大した。資料には、2000年時点の企業別生産量や企業所有形態を示す表が掲載されており、鉄鋼産業が多数の企業によって構成されながらも、一定の企業群に生産が集中していたことが示されている。

鉄鋼業は巨大な設備投資を必要とする産業である。高炉、転炉、圧延設備、港湾、原料ヤードなどを整備するには巨額の資金が必要になる。そのため、企業規模の拡大は生産効率だけではなく、資源調達力や投資能力にも影響する。

中国における企業統合は、単に企業数を減らすだけではなく、巨大な鉄鋼需要に対応できる企業体を形成することとも結びついていた。

海外資源への依存という問題

中国の鉄鋼業が巨大化すると、国内で採掘できる鉄鉱石だけでは需要を十分に満たすことが難しくなる。

ここに、中国の資源戦略上の大きな問題が生じる。

鉄鉱石を大量に輸入する必要があるため、中国の鉄鋼業は海外資源企業との関係を強めることになる。鉄鉱石の輸送には大型船が必要であり、鉱山から中国の製鉄所までの物流距離も長い。

そのため、鉄鉱石価格だけでなく、海運費、港湾能力、鉱石の品質、製鉄所の設備仕様なども重要になる。

この構造は、戦後日本の鉄鋼業にも共通する。

日本も国内に十分な鉄鉱石資源を持たなかったため、オーストラリア、ブラジルなどから大量の鉄鉱石を輸入してきた。大型船によって海外の鉱山から日本の製鉄所へ運び込む仕組みを構築することで、資源制約を克服した。

しかし中国の場合、輸入量の規模が極めて大きい。

そのため、中国の鉄鋼業の成長は、単なる国内産業の成長ではなく、オーストラリア、ブラジルなどの資源国と中国を結ぶ国際物流システムそのものを巨大化させる要因となった。

オーストラリア・ブラジルとの関係

鉄鉱石供給において重要な位置を占めるのが、オーストラリアとブラジルである。

特にオーストラリアの鉄鉱石産業は、中国の需要拡大によって大きく成長した。BHP、Rio Tinto、Fortescue Metals Groupなどが西オーストラリアを中心として大規模な鉱山開発を進め、中国市場への供給能力を拡大した。

ブラジルではValeが巨大な鉄鉱石供給企業として存在感を持つ。ブラジルから中国へ鉄鉱石を輸送するには非常に長い距離を海上輸送する必要があるため、大型船の利用が重要となる。

こうした資源国と中国を結ぶ物流網が拡大したことで、鉄鉱石市場はますますグローバルな市場となった。

そして、資源会社にとって中国は巨大な需要市場となり、中国の製鉄企業にとってオーストラリアやブラジルの鉱山は不可欠な供給源となった。

この相互依存関係が、21世紀の鉄鋼・資源ビジネスの大きな特徴となっている。

中国企業の海外進出

中国の鉄鋼業が国内市場だけで成長を続けると、資源確保の問題が避けられなくなる。

そのため、中国企業による海外資源への関与も進んだ。

鉄鉱石だけでなく、鉄鋼原料となる石炭、非鉄金属などについても、中国企業が海外企業との提携や投資を行う動きがみられるようになった。

これは、日本企業が戦後に行ってきた資源権益への投資と比較すると興味深い。

日本企業も商社やメーカーを通じて海外資源開発に参加してきたが、中国の場合には、国内の巨大な製造業需要を背景として、資源確保がより直接的な産業政策上の課題となった。

中国の資源需要が巨大化するほど、海外資源へのアクセスを確保することが中国の産業競争力に直結するからである。

「日本の時代」から「中国の時代」へ

戦後の鉄鋼産業を長期的に見ると、大きな転換点が浮かび上がる。

1950年代から1970年代にかけては、日本の高度成長が世界の鉄鋼需要を牽引する重要な要因となった。その後、日本の経済成長が鈍化すると、韓国などの鉄鋼業が成長し、さらに21世紀に入ると中国が圧倒的な規模で世界市場に登場した。

つまり、鉄鋼需要の中心が世界の中で移動してきたのである。

資料では、1980年と2007年の地域別鉄鋼生産を比較しており、1980年代から2000年代にかけて、中国を含むアジア地域の比重が大きく上昇したことが示されている。

これは単なる生産拠点の移転ではない。

鉄鋼生産の移動は、鉄鉱石、原料炭、海運、製鉄設備、エネルギー、機械産業など、関連する産業全体の地理的配置を変化させる。

中国の鉄鋼業の成長によって、世界の資源ビジネスの重心もまたアジアへ移っていったのである。

中国の巨大化が日本に与えた意味

中国の鉄鋼業の成長は、日本にとって単純な競争相手の登場というだけではない。

中国が大量の鉄鉱石を購入するようになると、資源価格や契約条件にも影響が及ぶ。日本の鉄鋼企業は、中国企業と同じ資源市場で原料を調達しなければならなくなった。

これは、日本の鉄鋼業が戦後に築いてきた資源調達システムにとって大きな環境変化だった。

日本の鉄鋼企業は、それまで海外の資源会社と長期的な関係を構築し、安定した原料供給を確保してきた。しかし中国が巨大な需要家になると、資源供給者にとって日本だけが主要な顧客ではなくなる。

資源会社にとっては、中国という巨大市場が登場したからである。

その結果、日本企業は単純な「大量購入による交渉力」だけではなく、海外資源開発への投資、長期的な権益確保、商社機能、物流、技術力などを組み合わせて資源調達力を維持する必要性が高まった。

中国鉄鋼業の巨大化は「資源ビジネスの主役」を変えた

この変化を大きな視点から見ると、鉄鋼産業の競争だけを見ていては不十分である。

中国の工業化によって鉄鋼需要が急増する。

鉄鋼企業が生産能力を拡大する。

鉄鉱石・原料炭の輸入が増加する。

資源会社が鉱山開発を拡大する。

資源会社の企業統合・大型化が進む。

海運・港湾・物流インフラへの需要が増える。

資源価格や国際的な取引関係が変化する。

という連鎖が生まれる。

つまり、中国の鉄鋼業の成長は、鉄鋼産業だけの問題ではなかった。

中国の工業化が世界の資源産業そのものを動かしたのである。

資源をめぐる競争は「製造業の競争」と一体になった

鉄鋼業は、資源と製造業の関係を考えるうえで非常にわかりやすい産業である。

製鉄技術だけが優れていても、鉄鉱石を安定的に確保できなければ生産を続けることはできない。逆に、鉄鉱石を大量に保有していても、それを鉄鋼製品へ加工する能力がなければ付加価値を生み出せない。

したがって、資源産業と製造業は切り離して考えることができない。

中国の鉄鋼業の急成長は、そのことを改めて示している。

巨大な製造業を持つ国は巨大な資源需要を生み、その資源需要が海外の鉱山開発を促進し、そこで生産された資源が再び製造業を拡大させる。

資源と製造業の間には、一方向の「原料供給」という関係だけではなく、巨大な循環構造が形成されるのである。

21世紀の資源戦略を考えるために

中国の事例から見えてくるのは、資源を確保するためには、国内の製造業の規模だけでなく、海外資源との関係を構築する能力が重要だということである。

日本の場合、国内資源が乏しいという制約を、商社、鉄鋼メーカー、金融機関、海運会社などのネットワークによって補ってきた。

一方、中国では巨大な国内市場と国家的な産業政策を背景として鉄鋼業を急速に拡大し、その巨大な需要を海外資源の調達能力へと結びつける構造が形成された。

両者の違いは大きいが、共通しているのは、鉄鋼産業の競争力が製鉄所の内部だけで決まらないということである。

資源の探索、鉱山開発、権益、長期契約、金融、海運、港湾、製鉄設備、企業統合、政府政策、国際関係などが一体となって、鉄鋼産業の競争力を形成している。

21世紀の資源ビジネスを理解するには、資源会社だけを見るのではなく、その資源を必要とする巨大な製造業と、その製造業を支える国際的な産業ネットワークまで視野に入れる必要がある。

中国鉄鋼業の巨大化は、そのことを最も鮮明に示す出来事の一つである。

そして、戦後日本が築いてきた資源調達システムも、中国の台頭によって新しい競争環境に置かれることになった。資源を持たない日本にとって、重要なのは単純に中国と鉄鋼生産量を競うことではない。資源権益、商社機能、金融、物流、技術、製造業を組み合わせ、限られた資源へのアクセスをどのように長期的に確保するかという、より広い産業能力が問われるようになったのである。