産業は、すべてを民間企業の自由競争に任せればうまくいくわけではありません。電気やガス、鉄道のように、社会生活に不可欠でありながら、巨額の設備投資が必要で、複数の企業が競争すること自体が非効率になりやすい事業もあります。一方、政府が直接運営すれば、効率性や資金調達の面で課題が生じることもあります。
この問題を考えるうえで重要なのが、公益事業に対する独占禁止政策と、政府と民間企業が共同で事業を担う「第二セクター」です。
ここで扱われる議論の背景には、高度経済成長期以降の日本が、国土開発、交通網の整備、地域振興などを進めるなかで、公共性と企業経営の効率性をどう両立させるかという課題に直面していたことがあります。以下では、当時の議論の特徴を押さえながら、現在にも通じる問題を解説します。
1. 公益事業とは何か――競争だけでは解決できない産業
公益事業は、社会生活を支える基盤である
公益事業とは、社会の人々が日常生活を送るうえで欠かせない財やサービスを提供する事業です。代表的なものとして、鉄道やバスなどの運輸、電信・電話などの通信、電気、ガス、水道といったサービスが挙げられます。家庭だけでなく、工場、商店、病院、学校などの活動も、こうしたサービスによって支えられています。
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公益事業には、一般的な民間企業とは異なる経営上の特徴があります。その一つが、事業を始めるために巨額の固定資本が必要になることです。電力会社であれば発電所や送配電網を整備しなければなりません。鉄道会社であれば線路、駅、車両、信号設備などを用意する必要があります。
しかも、こうした設備は簡単に別の場所へ移動させられません。電線や水道管を地域ごとに何社もが重複して敷設すれば、社会全体として大きな無駄が発生します。一定の地域で一つの事業者が設備を集中的に運営するほうが、費用を抑えやすい場合があります。
このように、技術や費用の構造によって一つの事業者が有利になりやすい状態を、経済学では自然独占と呼びます。
自然独占は、効率性と独占の弊害を同時に生む
たとえば、ある地域の家庭に水道を供給する場合を考えてみましょう。水道管を敷設するには大きな初期投資が必要ですが、いったん整備すれば、同じ管を通じて多数の家庭に水を供給できます。
ところが、同じ地域で複数の企業がそれぞれ独自の水道管を敷設すると、設備投資が重複します。競争企業が多ければ多いほど効率的になるとは限りません。
一方、一社だけが供給を担うと、利用者は簡単に別の会社へ乗り換えられません。競争相手がいないことを利用して、料金を高くしたり、サービスの改善を怠ったりする危険があります。
つまり、公益事業には二つの問題が存在します。
| 問題 | 起こりうること |
|---|---|
| 競争を無理に導入する | 設備の重複や非効率な投資が発生する |
| 独占を無条件に認める | 高料金、サービスの質の低下、利用者の不利益が生じる |
重要なのは、独占を一律に否定することでも、独占企業を無条件に保護することでもありません。効率的な設備運営を確保しながら、利用者の利益を守る制度を設計することです。
公益事業と独占禁止法の関係
独占禁止法は、私的独占や不当な取引制限などを規制し、公正で自由な競争を守るための法律です。しかし、公益事業のように、事業の性質上、競争が機能しにくい分野では、一般の産業と同じ考え方だけでは十分に対応できない場合があります。
取り上げられている当時の法制度では、独占禁止法第21条に、鉄道、電気、ガスなど、事業の性質上当然に独占となる事業について、事業に固有の行為に対する適用除外が定められていました。
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ただし、これは公益事業に関わる企業の行為が、すべて無条件に認められるという意味ではありません。自然独占を認める理由は、社会的に必要なサービスを効率よく提供することにあります。独占企業がその立場を利用して利用者を不当に扱うことまで正当化されるわけではありません。
現代的に考えれば、設備を一社が運営するほうが効率的な部分と、複数の事業者が競争できる部分を区別することも重要です。たとえば、電力供給の仕組みでは、送配電網のような設備と、発電・小売りなどの事業を分けて考えることができます。自然独占があるからといって、関連するすべての事業で競争が不可能になるわけではないのです。
2. 第二セクターとは何か――政府と民間企業の共同事業
第一セクター、第二セクター、第三セクター
第二セクターという言葉を理解するには、経済活動の担い手を三つに分けて考えるとわかりやすくなります。
一般に、第一セクターは政府などの公共部門、第二セクターは民間企業、第三セクターは公共部門と民間部門が共同で出資する事業体を意味します。
ただし、今回のPDFでは「第二セクター」という表題が使われていますが、本文で説明されているのは、政府と民間企業の共同出資による「公私共同企業」です。現在、日本で一般的に使われる「第三セクター」に相当する概念です。この違いは、用語の混乱を避けるうえで重要です。
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第一
公共部門
国や地方自治体など。公共性や住民全体の利益を重視します。
第二
民間企業
利潤や事業の成長を重視し、市場での競争や資金調達を通じて事業を展開します。
共同
公私共同企業
公共部門と民間部門が出資して設立します。公共性を確保しながら、民間企業に近い経営方式を活用することを目指します。
なぜ政府と民間企業が共同で事業を行うのか
政府が直接事業を運営する場合、公共的な目的を実現しやすい一方、組織の運営や資金調達に制約が生じることがあります。反対に、民間企業だけに任せると、採算が取りにくい地域や住民向けのサービスが後回しになる可能性があります。
そこで、両者の長所を組み合わせようとする発想が生まれます。
たとえば、地方に観光施設や交通施設を整備したい場合、自治体には地域振興という目的があります。しかし、建設費や運営費をすべて公費で賄うのは容易ではありません。民間企業には経営ノウハウや資金を提供する動機がありますが、収益性が不透明な事業には単独で参入しにくいことがあります。
公私共同企業であれば、公共部門が出資して事業の公共的な目的を支え、民間企業が経営能力や資金を持ち寄ることで、事業の実現を目指せます。
公共性と効率性をどう両立させるか
公私共同企業の考え方には、大きく二つの方向があります。
一つは、民間企業が中心となって事業を進め、公共部門が公共性を守るために参加する形です。もう一つは、公共部門が事業の基盤を担い、効率的な経営を実現するために民間部門が参加する形です。いずれも、公共性と効率性を組み合わせることが狙いです。
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ただし、共同出資しただけで二つの目的が自然に両立するわけではありません。公共部門は雇用や地域振興、住民の利便性を重視する一方、民間企業は収益や投資回収を重視します。両者の目標が食い違えば、経営判断が難しくなります。
さらに、公私共同企業は、公共部門が出資者として関わっていても、株式会社として独立した法人であることが基本です。そのため、自治体の事業でありながら、行政機関そのものではないという特徴があります。
この仕組みを有効に機能させるには、何を公共的な成果とするのか、赤字が発生した場合に誰が負担するのか、経営責任を誰が負うのかを、設立時点から明確にしておく必要があります。
3. 第二セクターの拡大――国土開発と地域振興
1970年代の開発ブームが成長を後押しした
PDFで取り上げられている時代には、第二セクターが国土開発の担い手として急速に発展しました。事業内容としては、観光、地域・都市開発、運輸・道路などが大きな割合を占めていました。掲載されている当時の集計では、観光が21.1%、地域・都市開発が19.7%とされています。
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背景には、経済成長に伴う生活水準の上昇や、地域の産業・交通基盤を整備しようとする動きがありました。道路や鉄道、観光施設、工業用地などの整備は、地域経済の活性化や企業の立地を促す可能性があります。
一方、こうした事業は、土地の取得や大規模な開発を伴うことが少なくありません。事業を民間企業だけで進めることが難しい場合に、自治体などが出資する公私共同企業が利用されました。
土地取得を進めやすいという利点と、その危うさ
大規模な開発では、多くの土地所有者との交渉が必要になります。公共的な目的を掲げて自治体などが関与することで、事業を進めやすくなる場合があります。
しかし、この利点は、公共性を名目にした過度な開発につながる危険も持っています。
たとえば、工業団地や大規模な観光開発が地域経済に貢献するという理由で進められても、実際に企業が進出するのか、施設に十分な利用者が集まるのかは別の問題です。需要を過大に見積もれば、利用されない施設や採算の取れない事業が残り、その負担が自治体や住民に及ぶ可能性があります。
この問題は、公共部門が関与しているからこそ、事業の必要性や土地取得の妥当性、費用負担を厳しく検証しなければならないことを示しています。
住民生活に密着した事業は十分だったのか
もう一つの問題は、第二セクターの事業が、必ずしも住民生活に直接関わる分野に十分向けられていなかったことです。
当時の分析では、住宅、社会福祉、教育・文化などの社会開発に関する事業が少なかったことが指摘されています。国土開発を中心に事業が広がった一方で、生活に密着した分野は限られていたのです。
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この指摘は、産業政策の目的を考えるうえで重要です。開発事業の数や投資額が増えたとしても、それだけで地域住民の生活が豊かになったとはいえません。地域に雇用が生まれたか、移動しやすくなったか、福祉や教育の機会が広がったかなど、成果を多面的に評価する必要があります。
4. 第二セクターの課題――公共性を掲げるだけでは足りない
「公共のための事業」が利益追求に傾く可能性
公私共同企業には、公共的な目的と企業としての収益性を両立させることが期待されます。しかし、実際には公共性が看板にとどまり、事業の中心が利益追求に傾く可能性があります。
公共部門が参加していることは、事業が自動的に公益にかなうことを保証しません。むしろ、公的な関与があることで、民間企業だけでは得られない信用や事業推進上の利点が生まれる場合があります。その利点が、住民の利益ではなく、特定の事業者や投資家の利益に偏って使われれば問題です。
また、民間企業の経営方式を採用していても、公共部門と民間部門の意思決定がかみ合わず、期待された効率性が実現しない場合もあります。公共性と効率性を掲げることと、それを実際の経営で実現することの間には、大きな隔たりがあるのです。
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開発が終わった後も事業を維持できるか
大規模な開発事業では、建設時には強い期待が集まります。しかし、施設が完成した後には、維持管理費、人件費、設備更新費などが継続して発生します。開発計画を立てる段階で、建設後の運営まで見通しておかなければなりません。
さらに、地域の人口や産業構造が変化すれば、当初想定していた需要が実現しないこともあります。観光施設であれば来訪者数、交通事業であれば利用者数、工業団地であれば進出企業数が、事業の成否を左右します。
したがって、公共部門と民間部門が共同で出資する場合には、事業開始前の計画だけでなく、開業後の実績を検証し、必要に応じて縮小・転換・撤退を判断できる仕組みも求められます。
5. 現代への示唆――公共と民間の協働をどう設計するか
公共性を具体的な成果に置き換える
第二セクターをめぐる議論から得られる第一の教訓は、「公共性」という言葉を具体的な成果に置き換えることです。
地域振興を目的とするなら、雇用の創出、住民所得の向上、地域内での消費、人口流出の抑制など、どの成果を目指すのかを明確にする必要があります。交通事業なら、採算性だけでなく、住民の移動手段を確保できたか、高齢者や学生が利用しやすくなったかという視点も必要です。
成果を明確にすれば、事業が公共的な目的を果たしているかを検証できます。反対に、目的が曖昧なままでは、事業がうまくいかなくても、何を基準に継続・見直しを判断すべきかがわかりません。
公的な支援と経営責任を切り離さない
第二の教訓は、公的な支援と経営責任を一体として考えることです。
公共部門が出資しているからといって、赤字を無制限に補填する仕組みになれば、経営改善への動機が弱まる可能性があります。一方、採算性だけを厳しく求めれば、採算は取りにくくても住民に必要なサービスが失われることがあります。
そこで、公共的な目的を達成するために必要な費用と、経営上の努力によって改善できる費用を区別することが重要です。公共サービスの提供に必要な負担を明示しながら、経営状況や事業成果を定期的に公開し、住民や議会が検証できるようにすることが求められます。
地域課題に応じて事業の形を選ぶ
第三の教訓は、公共部門と民間部門の共同出資を、万能の解決策と考えないことです。
事業によっては、自治体が直接提供するほうが適切な場合もあれば、民間企業の競争に委ねるほうが効率的な場合もあります。公共部門と民間部門が共同で事業を担う方法は、その中間にある選択肢の一つです。
たとえば、地域の交通を維持する場合、需要の大きい路線は民間企業の運営に適していても、利用者の少ない地域では公的支援が必要になることがあります。地域の観光振興でも、施設を建設すること自体が目的になるのではなく、民間事業者や住民が継続的に利用・運営できる仕組みを整えることが重要です。
どの形態を選ぶにしても、目的、費用、責任、成果の検証方法を先に決めておく必要があります。
6. まとめ――公共部門の役割は、企業をつくることだけではない
公益事業と第二セクターをめぐる問題は、政府と市場のどちらが優れているかという単純な対立ではありません。社会に不可欠なサービスを安定して提供するには、競争だけでは対応できない領域があります。一方で、公共部門が関与すれば、必ず効率的で公正な事業が実現するわけでもありません。
公益事業では、自然独占による効率性を生かしながら、独占の弊害から利用者を守ることが課題になります。公私共同企業では、公共部門の目的と民間企業の経営能力を組み合わせる一方、公共性が名目だけにならないように、経営責任や事業成果を明確にする必要があります。
特に重要なのは、開発や施設建設を実現することと、住民の生活を実際に改善することを区別する視点です。事業の規模や投資額ではなく、社会にどのような価値をもたらしたかを評価しなければなりません。
公共部門の役割は、単に民間企業を支援したり、共同出資の会社をつくったりすることではありません。市場だけでは十分に実現できない社会的な目的を明確にし、その達成に向けて資金、制度、経営責任を適切に組み合わせることにあります。
