工作機械産業は、自動車や家電、産業機械などを生産するための機械をつくる産業です。旋盤やフライス盤、研削盤、マシニングセンタなどを通じて、金属などの材料を削り、穴を開け、形を整え、高い精度の部品を生み出します。
この産業の重要性は、工作機械そのものが何台売れるかだけでは測れません。自動車のエンジン部品、航空機の構造部品、半導体製造装置の精密部品など、さまざまな製品の品質や生産性は、それらを加工する工作機械の性能に左右されます。工作機械は、ほかの製造業の競争力を底から支える存在なのです。
日本の工作機械産業は、戦前から戦後にかけて欧米に大きく遅れていました。しかし、1955年ごろから始まる高度経済成長のなかで急速に発展し、やがて輸入に頼る立場から輸出する立場へと変わっていきました。その背景には、自動車や電機産業の設備投資、技術の改良、数値制御技術の発展がありました。
一方、工作機械は設備投資に左右されやすく、需要が急増したあとに景気が後退すると、受注が急減することがあります。また、技術的には産業の基礎を支える重要な分野でありながら、企業規模や資金力の面では必ずしも強いとは限らないという難しさもあります。
1. 工作機械とは何か――「機械をつくる機械」の意味
材料を加工し、製品の精度を決める
工作機械とは、工具を使って金属などの材料を切削・研削したり、穴を開けたりして、部品を所定の形状や寸法に仕上げる機械です。人間が手作業で行っていた加工を、機械によって高い精度と再現性で実現します。
たとえば、旋盤は材料を回転させながら刃物を当て、円筒状の部品などを加工します。フライス盤は回転する工具で材料を削り、平面や溝などをつくります。研削盤は砥石を使って表面を細かく仕上げ、より高い精度を実現します。
さらに、複数の加工工程を自動的に切り替えられるマシニングセンタなどが発展したことで、一台の機械で複雑な部品を効率よく加工できるようになりました。
工作機械の性能は、製品の寸法精度、表面の仕上がり、生産速度、加工コストに直接影響します。加工機械の精度が低ければ、その機械で製造する部品の精度にも限界が生まれます。逆に、高精度の工作機械を使えば、より複雑で高品質な部品を大量かつ安定的につくりやすくなります。
工作機械は製造業全体の技術水準を左右する
工作機械が「機械をつくる機械」と呼ばれるのは、工作機械自身が、ほかの機械を構成する部品をつくるからです。
自動車産業が高性能なエンジンや駆動部品を生み出すには、精密な加工技術が必要です。電機産業が高品質の機器を生産する場合も、部品の寸法や形状を正確に整えなければなりません。産業機械や各種設備の生産にも、工作機械は欠かせません。
つまり、工作機械産業の技術力が高まると、工作機械を利用する側の産業も、より高い精度や生産性を実現しやすくなります。工作機械の技術水準は、製造業全体の技術水準を底上げする力を持っているのです。
このため、工作機械産業は、個別の製品をつくる産業というだけでなく、製造業の基盤を形成する産業として位置づけられます。
2. 工作機械の歴史――産業革命を可能にした精密加工技術
蒸気機関の実用化を支えた工作機械
工作機械の歴史を理解するうえで象徴的なのが、18世紀後半のイギリスで進んだ蒸気機関の発展です。
ジェームズ・ワットによる蒸気機関の改良は、工場などで蒸気動力を利用する道を広げました。しかし、蒸気機関を実際に安定して動かすには、シリンダーなどの部品を正確に加工する必要がありました。部品の内径に誤差が大きければ、蒸気が漏れて効率が低下するからです。
ワットの協力者であったジョン・ウィルキンソンは、1775年に改良された中ぐり盤を開発し、シリンダーの内径加工の精度を高めました。こうした加工技術の進歩が、蒸気機関の実用化を支えました。
この事例が示すのは、画期的な機械の発明だけでは産業革命は完成しないということです。その機械を安定して製造するための加工技術や生産設備が必要になります。新しい製品の発明と、それを量産できる工作機械の発展は、互いに支え合っているのです。
日本では長く欧米に遅れていた
日本の工作機械産業は、戦後の高度経済成長が始まる以前、欧米の先進工業国に比べて生産規模や技術水準で大きく遅れていました。
当時の工作機械産業は、技術の蓄積や生産設備が十分でないため、性能やコストの面で競争力を高めにくいという問題を抱えていました。競争力が弱ければ、販売量や利益を十分に確保できず、設備投資や研究開発に資金を回すことも難しくなります。その結果、技術の遅れが続き、さらに競争力が弱まるという悪循環に陥りやすかったのです。
工作機械は、製造業全体にとって不可欠な基礎産業です。それにもかかわらず、工作機械をつくる企業自身が経営上の困難を抱え、十分な投資を行えない。この矛盾が、日本の工作機械産業にとって大きな課題となっていました。
3. 1955年以降の爆発的発展――高度経済成長が需要を生み出した
自動車・電機産業の成長が工作機械の需要を押し上げた
日本の工作機械産業が大きく変わり始めたのは、1955年ごろからです。高度経済成長に入り、家庭では自動車や家電製品への需要が増え、企業は生産能力を拡大するために設備投資を活発化させました。
自動車の生産台数を増やすには、エンジンやトランスミッション、車軸などの部品を大量に加工する設備が必要です。電機産業でも、モーターや各種機器の部品を効率よく製造するために、工作機械への投資が進みました。鉄鋼、造船、産業機械などの分野でも、工場の近代化や生産設備の増強が進みました。
このように、工作機械産業は、自分たちの製品を直接消費者に売ることで成長したというよりも、ほかの産業が生産能力を拡大する過程で需要を獲得していったのです。
1955年の日本の工作機械生産額は37億円にとどまり、欧米諸国と比べて大きな遅れがありました。しかし、その後の高度経済成長は、国内の工作機械メーカーに大きな市場をもたらしました。
設備投資が技術の向上を促す
工作機械産業の成長は、単に注文が増えたことだけで説明できません。需要が拡大すると、メーカーは生産設備を増強し、製造工程を改善し、製品の品質や性能を高める機会を得ます。販売量が増えれば、研究開発や設備更新に資金を回しやすくなります。
また、自動車や電機などの需要産業から、より高い精度、より短い加工時間、より安定した品質が求められることも、技術改良を促しました。工作機械メーカーは、利用企業の要求に応えるなかで、加工技術や機械設計の能力を蓄積していきました。
ここでは、需要の増加と技術の進歩が互いを押し上げています。成長する市場がメーカーの投資を促し、技術が向上すると、利用する産業の生産性も高まります。工作機械産業の発展は、日本の製造業全体が成長していく循環の一部だったのです。
ただし、成長は景気の変動に左右される
工作機械の需要は、消費者が日々購入する食品や衣料品の需要とは性格が異なります。企業が工場を新設したり、生産設備を更新したりするときに大きく増えますが、景気の先行きが不透明になると、企業は設備投資を先送りしやすくなります。
そのため、景気が良いときには受注が急増する一方、景気が悪化すると需要が急減することがあります。工作機械産業は、製造業の成長から大きな恩恵を受けますが、同時に設備投資の波を強く受ける産業でもあるのです。
4. 工作機械産業の特質――技術的には重要でも、企業規模は大きくなりにくい
多くのメーカーが専門分野を担う
工作機械産業の特徴の一つは、産業としての技術的重要性に比べ、個々の企業の規模が必ずしも大きくないことです。
工作機械には、旋盤、フライス盤、研削盤、歯車加工機など、さまざまな種類があります。さらに、同じ種類の機械でも、加工する材料や部品、必要な精度、生産量によって求められる仕様が異なります。あらゆる用途に対応する万能の機械を一つつくればよい、というわけではありません。
このため、メーカーは特定の機種や加工技術に専門化しやすく、多くの企業がそれぞれの分野で製品を開発しています。海外でも工作機械メーカーは多数存在し、中小企業が産業の重要な部分を担ってきました。
専門化は、特定の加工技術を深く磨き、顧客の細かな要求に応えるうえで有利です。しかし、企業規模が小さいと、大規模な研究開発や海外販売網の整備に必要な資金を確保しにくい場合があります。
受注生産と多品種少量生産への対応が必要になる
工作機械は、同じ製品を大量に生産するだけでは対応できない用途も多く、利用者の要求に合わせて仕様を調整する必要があります。大型の工作機械や特殊な加工機では、導入する工場の生産工程や加工対象に応じて設計することもあります。
このような受注生産では、製品を販売する前から設計、部品調達、加工、組立、試運転などに取り組まなければなりません。注文を受けてから完成・納入するまでの期間が長くなれば、その間の資金繰りも重要になります。
一方で、自動車部品などの量産工程では、加工速度や稼働率を高めるために専用機や自動化設備が求められます。工作機械メーカーは、顧客ごとに異なる要求と、量産に適した効率的な生産技術の双方に対応する必要があります。
この多様性が、工作機械産業に高度な技術力を求める一方で、単純な大量生産による規模の経済を実現しにくい理由にもなっています。
技術開発に必要な資金をどう確保するか
工作機械は、機械構造の設計、材料や部品の選択、加工技術、制御技術など、多様な技術の組み合わせによって性能が決まります。高精度化や自動化を進めるには、継続的な研究開発と設備投資が欠かせません。
しかし、企業規模が小さく、受注の変動も大きい場合、研究開発に安定して資金を振り向けることは簡単ではありません。受注が落ち込むと、経営を維持するために投資を抑えざるを得ず、その結果として技術開発が遅れる可能性があります。
工作機械産業には、専門性の高い企業が集まることで技術力を高められるという利点がありますが、その技術力を長期的に維持するには、資金調達や人材確保などの経営基盤も必要になるのです。
5. 数値制御工作機械の発展――熟練技能をデジタル技術へつなぐ
数値制御とは何か
工作機械の技術発展を大きく変えたものの一つが、数値制御、すなわちNC(Numerical Control)技術です。
従来の工作機械では、作業者がハンドルを操作したり、加工条件を調整したりして、工具と材料の位置関係を制御することが一般的でした。高い精度で加工するには、機械の性能だけでなく、作業者の経験や熟練した技能も重要でした。
数値制御工作機械では、加工する位置や移動量、速度などを数値情報として与え、それに従って機械を動かします。加工手順をプログラム化することで、複雑な形状をより正確に加工し、同じ加工を繰り返す際のばらつきを抑えやすくなります。
数値制御は、単に機械を自動で動かす技術ではありません。加工の手順を情報として記述し、機械の動作を再現可能なものにする技術でもあります。
精密化・高速化・自動化・省力化が進む
工作機械の技術発展は、加工精度を高める「精密化」、加工時間を短縮する「高速化」、人間の操作を減らす「自動化」、作業に必要な人手を減らす「省力化」という方向に進んできました。
これらは互いに関係しています。加工速度を上げても、精度が落ちれば高品質な製品はつくれません。自動化を進めても、工具の交換や加工後の測定に多くの人手が必要であれば、工場全体の生産性は十分に高まりません。
そのため、工作機械の発展では、機械単体の性能だけでなく、工具の交換、加工工程の組み合わせ、測定、材料の搬送などを含めた生産システム全体の改善が重要になります。
マシニングセンタと群管理システム
数値制御技術の発展は、マシニングセンタや群管理システムの普及にもつながりました。
マシニングセンタは、工具を自動で交換しながら、複数の加工工程を連続して行える工作機械です。従来であれば複数の機械を移動しながら行っていた加工を、一台の機械でまとめて処理できる場合があります。これにより、段取り替えの時間や作業者による誤差を減らし、生産性を高めやすくなります。
さらに、群管理システムは、コンピュータを使って工場内の複数の工作機械を管理・制御する仕組みです。複数の機械の稼働状況や加工指示をまとめて扱うことで、工場全体の生産工程を効率化できます。
ここで重要なのは、工作機械の自動化が、個々の機械の操作を自動化する段階から、複数の機械を連携させて工場全体を効率的に動かす段階へと広がっていくことです。工作機械は、機械工学と制御技術、コンピュータ技術が結びつく産業へと発展していきました。
6. 輸入国から輸出国へ――日本の工作機械産業の競争力向上
技術とコストの両面で国際水準に到達する
日本の工作機械産業は、かつて欧米の製品に対して競争力が弱く、輸入に頼る面が大きい産業でした。しかし、高度経済成長期の需要拡大、国内メーカーの技術改良、利用産業との相互作用を通じて、技術やコストの面で競争力を高めていきました。
工作機械の競争力は、単に価格が安いかどうかで決まりません。加工精度、耐久性、稼働率、保守のしやすさ、納期、利用者の生産工程に適合するかどうかなど、複数の条件が関わります。
日本の自動車産業や電機産業が品質向上と生産効率の改善を進めたことは、工作機械メーカーにも高い要求をもたらしました。メーカーはその要求に応えることで技術を磨き、競争力を高めていきました。
こうして日本の工作機械産業は、輸入に依存する段階から、海外市場に製品を販売する段階へと移行しました。これは、工作機械産業自身の成長であると同時に、日本の製造業が国際競争力を高めたことの表れでもあります。
海外市場への進出には販売・サービス体制も必要になる
工作機械は、購入すればすぐに価値が生まれる商品ではありません。顧客の工場に設置し、加工条件を調整し、安定して稼働する状態にしなければなりません。故障した場合の修理や部品の供給、操作方法の指導なども重要です。
海外市場で競争するには、機械の性能だけでなく、現地での販売網、保守サービス、部品供給体制を整備する必要があります。製品の品質が高くても、故障したときに修理を受けられなければ、利用企業にとっては大きなリスクになります。
工作機械の輸出は、製品を海外へ送るだけの活動ではありません。顧客の生産活動を長期にわたって支えるサービス体制を構築することも、国際競争力の一部なのです。
7. 低成長時代の課題――需要の成熟と設備更新の変化
国内需要の伸びが鈍化する
高度経済成長期には、自動車、電機、産業機械、造船、鉄鋼などの産業が生産能力を拡大し、それに伴って工作機械への需要も急増しました。しかし、経済成長率が低下すると、設備投資の伸びも鈍化しやすくなります。
工作機械産業にとって、国内需要の鈍化は重要な課題でした。需要産業が以前ほど急速に生産能力を拡大しなくなれば、新しい工作機械を大量に購入する機会も減少します。
ただし、工作機械の需要は、景気や産業の成長率だけで決まるわけではありません。既存設備の老朽化、加工技術の進歩、新しい製品の登場、製造工程の変更なども、設備更新の必要性を左右します。
古い設備の更新が一巡すると、需要の性格が変わる
工作機械の需要は、新しい工場を建設するときだけでなく、古くなった設備を更新するときにも生まれます。
日本の工作機械産業が発展し始めたころには、国内の工場に古い設備が多く残っており、設備を近代化する余地が大きくありました。ところが、設備更新が進めば、古い機械を新しい機械に置き換える需要は、以前ほど急速には増えなくなります。
さらに、既存の工場に設置された工作機械が高性能な機種へ更新されると、単に機械の台数を増やすだけではなく、一台あたりの生産性を高める方向へ投資の重点が移る場合があります。
こうした変化に対応するには、メーカーも製品の性能を高め、顧客の生産工程を改善する提案を行い、新しい需要を開拓する必要があります。
需要産業の成長鈍化だけでは説明できない
工作機械の国内需要が鈍化する理由は、自動車や電機などの需要産業の成長率が下がることだけではありません。既存設備の更新が進み、工場の生産能力や加工技術が向上すれば、同じ生産量を維持するために必要な工作機械の台数が変わることもあります。
つまり、工作機械メーカーは、需要産業の成長率を追いかけるだけでは不十分です。顧客の設備構成がどう変わり、どのような加工技術が必要になり、設備更新によって何が改善されるのかを見極めなければなりません。
8. 工作機械産業から考える、日本のものづくりの競争力
基礎産業の強さは、最終製品の強さにつながる
工作機械産業の発展から見えてくるのは、最終製品の競争力が、その製品をつくるための基礎技術に支えられているということです。
自動車や家電などの最終製品で高い競争力を持つためには、部品を高精度で加工し、安定した品質で量産する必要があります。その能力を支える工作機械が弱ければ、製造業全体の競争力も制約される可能性があります。
逆に、工作機械の性能が向上すれば、加工の精度や速度が改善され、製品の品質向上やコスト削減につながります。工作機械産業は、ほかの産業の生産性を高めることで、経済全体に広い影響を及ぼすのです。
技術力だけではなく、経営基盤も競争力を左右する
工作機械産業には、高度な技術を必要とする一方で、多くの専門メーカーが活動するという特徴があります。専門性の高い企業は、特定の加工分野で優れた技術を磨くことができます。しかし、資金力や人材、海外の販売・サービス体制が不足すれば、その技術を継続的に発展させ、海外市場で活用することが難しくなる場合があります。
したがって、競争力を維持するには、技術開発に加えて、安定した受注の確保、資金調達、人材育成、顧客との関係づくり、海外展開などを総合的に進める必要があります。
工作機械産業の経験は、技術的に重要な産業であっても、市場の変化や経営基盤の問題を放置すれば、競争力を維持できないことを示しています。
これからの工作機械に求められるもの
数値制御やコンピュータ制御の発展によって、工作機械は単なる加工設備から、工場の情報システムと連携する生産設備へと変化してきました。今後も、加工精度や速度だけでなく、機械の稼働状況を把握し、加工工程を最適化し、保守を効率化する能力が重要になります。
また、顧客の工場では、少量多品種生産への対応、熟練技能者の不足、省エネルギー、設備の安定稼働など、さまざまな課題が生じています。工作機械メーカーには、機械単体を販売するだけでなく、顧客の生産活動全体を改善する技術やサービスを提供することも求められます。
工作機械産業の歴史は、製造業の基盤を支える技術が、需要の拡大と技術革新を通じて発展する一方、景気変動や投資資金の不足、需要構造の変化にも直面することを示しています。日本のものづくりの競争力を考えるうえでは、自動車や家電などの完成品だけでなく、それらを生み出す工作機械と、その技術を支える企業群にも目を向ける必要があります。
