日本の大量資源調達システムの確立
日本の大量資源調達システムの確立

金融機関の規制は、一度つくれば終わりというものではありません。むしろ、金融危機が起きるたびに、「銀行をもっと安全にしなければならない」という要求と、「規制が厳しすぎれば金融機関が貸し出せなくなる」という懸念の間で揺れ動いてきました。

とりわけ2008年のリーマン・ショックは、それまでの金融規制が十分ではなかったことを世界に突きつけました。銀行の自己資本だけを見ていればよいわけではなく、証券化商品、デリバティブ、CDS、短期資金調達、巨大金融機関の破綻問題など、金融システム全体を視野に入れなければならなくなったからです。

その結果、国際金融規制の中心にあったバーゼル規制も大きく変化し、バーゼルⅠ、バーゼルⅡを経て、金融危機後にはバーゼルⅢへと進みました。そこでは、単純に「銀行にもっと資本を積ませる」という発想から、流動性、レバレッジ、景気循環、システム上重要な金融機関、破綻処理までを含めた総合的な金融安定政策へと視野が広がっています。

Contents

1. なぜ金融機関には特別な規制が必要なのか

①銀行が普通の会社と違う理由

銀行は企業から預金を集め、それを企業や個人への融資に回します。つまり、銀行は社会の資金循環を担う巨大な「血液ポンプ」のような存在です。

ところが銀行には、普通の事業会社とは異なる弱点があります。銀行が保有する資産の多くは貸出金や証券などであり、必要なときにすぐ現金化できるとは限りません。一方で、預金者から「お金を返してほしい」と要求されれば、銀行は支払わなければなりません。

このため、「あの銀行は危ないらしい」という噂が広がるだけでも、預金者が一斉に預金を引き出すことがあります。いわゆる取り付けです。

銀行は健全な経営をしていても、短期間に大量の資金流出が起これば危機に陥る可能性があります。しかも、ある銀行の破綻が別の銀行への不安を生み、それが金融市場全体に波及することがあります。

ここに金融規制の難しさがあります。

一つの銀行だけを守ればよいのではなく、金融システム全体を安定させなければならないのです。

②「自己資本」が安全性の基本になる

金融機関の健全性を考えるうえで重要なのが自己資本です。

銀行が100億円の資産を持っていて、そのうち95億円を借入金や預金など他人から調達し、5億円だけが自己資本だとします。資産価値が5億円下落すれば、自己資本は消えてしまいます。

逆に自己資本が20億円あれば、同じ20億円の損失まで耐えられます。

つまり、自己資本は金融機関にとって「損失を吸収するクッション」です。

この考え方から、国際的に銀行の自己資本比率を一定水準以上に保たせる仕組みが発達していきました。

2. BISとバーゼル規制――世界共通の金融ルールが生まれた理由

①BISが国際金融規制の舞台になった

国際的な金融規制を理解するうえで重要なのが、**BIS(国際決済銀行)**です。

BISは1930年に設立され、中央銀行同士の協力を促進する機関として発展してきました。1970年代には国際金融市場の拡大とともに、金融機関を監督するための国際的な協力が重要になりました。

そのなかで1974年、ドイツの銀行破綻などを契機として、BISに**バーゼル銀行監督委員会(BCBS)**が設立されました。最初はG10諸国を中心とする枠組みでしたが、その後、国際金融システムの変化に対応して参加国が拡大していきました。

ここで重要なのは、バーゼル委員会が通常の意味での「世界政府」ではないということです。

それにもかかわらず、各国の銀行監督当局が共通のルールをつくり、それぞれの国内制度に取り入れることで、事実上の国際標準として機能してきました。

②バーゼルⅠ――「銀行には8%程度の資本を」

1988年に合意されたバーゼルⅠは、国際金融規制の歴史における大きな転換点でした。

中心となったのが、リスク・アセットに対する自己資本比率を8%以上とするという考え方です。

ただし、すべての資産を同じ危険度として扱うわけではありません。国や金融機関、企業などへの融資について、一定のリスクウェイトを設定し、それを考慮して必要な自己資本を計算します。

さらに自己資本もTier 1、Tier 2などに分けられました。Tier 1は普通株式など、より損失吸収力の高い中核的な資本です。

この仕組みによって、「銀行がどれくらい危険な資産を持っているのか」「その危険に対してどれだけ自己資本を持っているのか」を共通の尺度で比較できるようになりました。

3. バーゼルⅡの登場――「8%」だけでは金融リスクを測れない

①金融商品の複雑化が新しい規制を求めた

1990年代以降、金融市場は急速に複雑になりました。

デリバティブ、証券化、信用リスク移転などが発達し、銀行のリスクは単純な「貸出金の額」だけでは測れなくなりました。

そこで登場したのがバーゼルⅡです。

バーゼルⅡでは、銀行のリスクをより精緻に計測する方向へ規制が進みました。信用リスクだけでなく、市場リスクやオペレーショナル・リスクも考慮する仕組みが導入され、金融機関自身によるリスク管理や監督当局によるチェック、市場による監視も重視されました。

つまり、

「一律のルールで銀行を縛る」

という発想から、

「銀行自身にリスクを計算させ、そのリスクに応じて必要な資本を持たせる」

という方向に変化したのです。

②高度なリスク計測が新しい問題を生んだ

ところが、ここには皮肉があります。

金融機関が高度な数学モデルを使ってリスクを計算するほど、金融規制も高度になります。しかし、モデルが精緻だからといって、未来を正確に予測できるわけではありません。

とくに問題となったのが**VaR(Value at Risk)**です。

VaRは、一定の確率のもとで、金融資産の価値がどれくらいまで損失を受ける可能性があるのかを測る代表的な手法です。

平常時には非常に便利です。しかし、金融市場が過去に経験したことのないような大混乱に陥ると、過去データを基礎とするモデルでは危機を十分に捉えられない可能性があります。

実際、1990年代後半から2000年代にかけて、金融市場では高度なリスク管理手法が急速に普及していきましたが、それが2008年の金融危機を防ぐことにはなりませんでした。

ここから重要な教訓が得られます。

金融リスクは、数字だけでは完全に測れない。

これが金融危機後の規制改革を理解する重要なポイントになります。

4. 2008年金融危機――「規制されていない部分」が危機を増幅した

①リーマン・ショックが明らかにしたこと

2008年9月、米国のリーマン・ブラザーズが破綻しました。

しかし、問題は一つの銀行が倒産したことだけではありませんでした。

証券化商品、住宅ローン関連資産、デリバティブ、短期金融市場などが複雑につながっていたため、一つの金融機関の問題が他の金融機関へ連鎖していきました。

特に象徴的だったのが、保険大手AIGです。

AIGはCDS(Credit Default Swap)などを通じて巨大な金融リスクを抱えており、その経営危機は金融システム全体への波及が懸念されました。

②「大きすぎて潰せない」という問題

ここで登場したのが**Too Big to Fail(大きすぎて潰せない)**という問題です。

巨大金融機関が破綻すれば、金融システム全体が混乱する。

だから政府が救済する。

しかし、「どうせ政府が助けてくれる」と金融機関が考えれば、危険な投資をするインセンティブが強まります。

これがモラルハザードです。

つまり、

大きな銀行を救済する
↓
金融システムを守る
↓
しかし救済されるという期待がリスク行動を誘発する

という矛盾が生まれます。

金融規制の難しさは、まさにここにあります。

5. 金融危機後の規制改革――バーゼルⅢへ

①「資本の量」だけでなく「資本の質」を問う

2008年の金融危機を受けて、バーゼル規制は再び大きく見直されました。

その中心がバーゼルⅢです。

バーゼルⅢでは、銀行の損失吸収能力を高めるため、質の高い自己資本を重視しました。

たとえばTier 1自己資本比率について、最低水準を4%から6%へ、普通株等Tier 1比率を4%から4.5%へ引き上げる方向が示され、さらに資本保全バッファーとして2.5%を上乗せする仕組みが導入されました。これにより、平常時から一定の余裕を持たせることが重視されました。

これは単純に「銀行をもっと厳しくする」というだけではありません。

危機が起きたときに、銀行が自分の力で損失を吸収できるようにすることが目的です。

②流動性規制が重要になった

もう一つ大きな変化が、流動性への注目でした。

銀行は資産をたくさん持っていても、それがすぐ現金になるとは限りません。

たとえば長期の住宅ローンを大量に保有していても、預金者が明日お金を引き出したいといえば、その支払いに対応しなければなりません。

そこでバーゼルⅢでは、LCR(流動性カバレッジ比率)やNSFR(安定調達比率)といった流動性指標が導入されました。

これは金融規制の考え方が、

「銀行は最終的に儲かっているか」

だけではなく、

「危機の瞬間に現金を用意できるか」

へと広がったことを意味します。

6. 最大の問題――規制が景気を悪化させることもある

①金融規制には「プロシクリカリティ」という逆説がある

金融規制を厳しくすれば、金融システムは安全になるように思えます。

ところが、ここにも逆説があります。

景気が悪化すると企業の倒産リスクが高まり、銀行の貸し倒れリスクも上昇します。すると銀行は自己資本を守るため、融資を減らそうとします。

企業は資金を借りられなくなり、設備投資や雇用を削減します。

その結果、景気がさらに悪化します。

すると銀行の不良債権がさらに増え、銀行はさらに融資を絞ります。

このように、

景気悪化 → 銀行が貸出削減 → 企業活動低下 → さらに景気悪化

という循環が生まれることがあります。

これが金融システムの**プロシクリカリティ(景気循環増幅性)**です。

金融危機後の金融規制では、この問題が重要な論点になりました。BISの研究でも金融システムのプロシクリカリティが重要な政策課題として扱われています。

②安全な銀行と、貸してくれる銀行は同じではない

ここが規制政策の難しいところです。

銀行に自己資本をたくさん積ませれば、銀行は安全になります。

しかし、自己資本を積み増すために融資を減らせば、企業や家計に資金が回らなくなります。

つまり金融規制には、

金融システムの安定

と

経済への資金供給

という二つの目的があります。

どちらか一方だけを追求することはできません。

「銀行を安全にする」という政策が、経済全体から見れば必ずしも安全とは限らないのです。

7. EUも金融監督の仕組みを大きく変えた

①国境を越える金融機関には国境を越えた監督が必要になる

金融機関が一国だけで営業している時代なら、国内の監督当局が監視すればよいでしょう。

しかしEUのように金融市場が統合されると、事情が変わります。

銀行が国境を越えて活動する一方で、金融監督が各国ごとに分断されていれば、危機が発生したときに対応が遅れる可能性があります。

2008年の金融危機を受けてEUでは、金融監督体制を強化する動きが進みました。

その一環として、ESFS(欧州金融監督制度)、ESRB(欧州システミック・リスク理事会)、さらに銀行・証券・保険などを担当する欧州監督機関が整備されました。

②「個別の銀行」から「金融システム全体」へ

特に重要なのが、システミック・リスクという考え方です。

これは、一つの金融機関の問題が金融システム全体に広がるリスクです。

従来の金融監督は、「この銀行は健全か」というミクロな視点が中心でした。

しかし金融危機後には、

「銀行同士がどのようにつながっているか」

「金融市場全体にどのようなリスクが蓄積しているか」

というマクロな視点が重要になりました。

金融規制は、個々の金融機関を監視する政策から、金融システム全体を監視する政策へと広がっていったのです。

8. 巨大金融機関をどう扱うか――「生前遺言」という発想――破綻させられない銀行を、破綻できる銀行にする

金融危機後には、巨大金融機関についてResolution Plan、いわゆる「生前遺言」のような破綻処理計画をあらかじめ作っておく考え方が強まりました。

これは、金融機関が危機に陥った場合、

「どの事業を切り離すのか」

「どのように損失を処理するのか」

「預金や決済機能をどう維持するのか」

などを事前に準備しておくものです。

目的は、「巨大銀行を絶対に倒産させない」ことではありません。

むしろ、

「巨大銀行でも、必要なら秩序ある形で破綻処理できるようにする」

ことです。

米国では2010年のドッド=フランク法によって、金融安定監視評議会(FSOC)や消費者金融保護局などが設けられ、巨大金融機関の監督や破綻処理の枠組みが強化されました。

9. 金融規制のもう一つの課題――新興国の発言力と世界金融をルール化する者

ここで「新興国からの挑戦」という大きなテーマにつながります。

バーゼル規制をはじめとする国際金融規制は、長い間、欧米やG10諸国を中心に形成されてきました。

しかし21世紀に入ると、中国、インド、ブラジルなど新興国の経済規模が急速に拡大しました。

世界経済に占める新興国の比重が大きくなったにもかかわらず、金融規制を決める場での発言力が経済規模に見合っているのかという問題が生じます。

これはIMFのクォータ改革と同じ構図です。

「世界経済の現実が変化しているのに、国際制度の代表構造が昔のままではないか」

という問題です。

金融規制は単なる技術論ではありません。

「誰がリスクを定義するのか」「誰が規制をつくるのか」「誰の金融システムを基準にするのか」という、国際政治そのものでもあります。

10. 金融機関規制は「いたちごっこ」になっている

金融規制の歴史を振り返ると、非常に興味深い構図が浮かびます。

規制がつくられると、金融機関はその規制の範囲内で効率的に活動しようとします。

すると規制の対象になっていない金融商品や取引手法が発達します。

それが新たなリスクを生み、危機が発生します。

そして規制当局が新しい規制をつくります。

すると金融機関は再び新しい方法を探します。

つまり、

規制 → 金融イノベーション → 新しいリスク → 金融危機 → 規制強化 → 新しい金融イノベーション

という循環が生まれます。

2008年の金融危機は、この「規制の外側」に生まれたリスクがどれほど巨大化するのかを示す出来事でした。

だからこそ金融規制は、単純に「規制を強くすればよい」という問題ではありません。

11. 金融規制を理解するための三つの視点

「個別の銀行」だけを見るのでは足りない

第一の視点は、ミクロ・プルーデンスです。

これは個々の金融機関が健全かどうかを見る考え方です。自己資本比率、不良債権、リスク管理などが中心になります。

第二が、マクロ・プルーデンスです。

こちらは金融システム全体の安定性を考えます。金融機関同士のつながり、資産価格の急騰、過剰な信用供給、システム上重要な金融機関などを考慮します。

第三が、国際的な制度設計です。

現在の金融市場は国境を越えているため、一国だけで金融安定を実現することは難しくなっています。BIS、FSB、IMF、G20などが相互に関係しながら金融ガバナンスを形成しています。

この三つを組み合わせなければ、現代の金融危機を十分に理解できません。

12. 「揺れ動く金融機関規制」が示すもの

金融機関規制の歴史は、単純な「規制強化の歴史」ではありません。

バーゼルⅠでは自己資本比率という共通の尺度が導入され、バーゼルⅡではリスクをより精密に測定する方向へ進みました。しかし、その高度化された金融システムのなかで2008年の危機が発生しました。

そこでバーゼルⅢでは、自己資本の質と量だけでなく、資本バッファー、流動性、レバレッジ、システム上重要な金融機関などへ規制の範囲が広がりました。

この流れから見えてくるのは、金融規制の本質的な難しさです。

「金融機関を安全にすれば経済が安全になる」とは限らない。

厳しい規制は銀行の破綻リスクを抑えますが、同時に貸出を抑制する可能性があります。一方、規制を緩めれば金融機関の自由な活動や金融イノベーションを促せますが、過剰な信用供給や投機を招く可能性があります。

さらに、ある国だけが厳しい規制を導入すれば、金融機関がより規制の緩い国へ活動を移す可能性もあります。

だからこそ金融規制は、国内政策であると同時に国際協調の問題になります。

そして新興国の台頭によって、その国際協調の「参加者」そのものも変わりつつあります。

金融危機が繰り返されるたびにルールが変わるのは、規制当局が無能だからではありません。金融そのものが変化し続けているからです。

銀行は新しい商品を生み、金融市場は国境を越え、コンピューターと数学モデルによって取引速度を高め、巨大な金融機関が複雑なネットワークを形成します。規制は、その後を追いかけなければなりません。

その意味で「揺れ動く金融機関規制」という問題は、金融政策だけの話ではありません。イノベーションを止めずに、しかし社会全体を危機に巻き込まないためにはどうすればよいのかという、現代の経済社会が抱える普遍的な問題なのです。