日本の高度経済成長を支えたのは、鉄鋼や石油化学などの素材産業だけではありません。鉄鋼から鋼材をつくり、その鋼材を加工して自動車や工作機械を生み出し、電気部品を組み合わせて家電製品やコンピュータを製造する。こうした「材料を部品にし、部品を組み合わせて製品をつくる」産業が、加工産業です。
加工産業には、自動車、造船、工作機械、産業機械、重電機、コンピュータなど、多様な産業が含まれます。これらは戦後の日本経済を成長させただけでなく、素材産業の製品を利用する大きな顧客となり、さらに生産設備を導入することで産業全体の技術水準を引き上げてきました。
加工産業の面白さは、同じ「ものづくり」であっても、産業によって競争力の源泉が大きく違う点にあります。自動車やカメラのように、標準化した製品を大量生産して世界市場で競争する産業もあれば、造船や大型産業機械のように、顧客の注文に応じて一品ずつ設計・製造する産業もあります。さらに、コンピュータのように、ハードウェアだけでなくソフトウェアやサービス、巨額の研究開発投資が競争力を左右する産業もあります。
- 1. 加工産業とは何か――部品と技術を組み合わせて価値を生み出す
- 2. 少品種大量生産と多品種少量生産――異なる二つの競争モデル
- 3. 自動車・家電・カメラ――大量生産を競争力に変えた日本企業
- 4. 工作機械産業――「機械をつくる機械」が産業全体を変える
- 5. 産業機械産業――設備投資とともに成長する多品種少量生産
- 6. 重電機産業――電力と社会基盤を支える大型機器
- 7. コンピュータ産業――ハードウェアからソフトウェアへ広がる価値
- 8. 先端技術産業と国家の役割――企業だけでは難しい研究開発
- 9. 加工産業の課題――技術導入から自主開発へ
- 10. これからの加工産業を考える――大量生産と高付加価値化を両立する
- 11. 日本の加工産業から学べること
1. 加工産業とは何か――部品と技術を組み合わせて価値を生み出す
素材を製品へと変える産業
加工産業とは、素材を加工して部品をつくり、その部品を組み立てることで機械や装置、最終製品を生産する産業です。
例えば、自動車の製造には、鉄鋼、アルミニウム、ガラス、ゴム、樹脂など、多様な素材が必要です。それらをプレス加工、切削加工、鋳造、成形などの工程で部品にし、エンジンや車体、電装品などを組み立て、最終的に一台の自動車へと仕上げます。コンピュータも同様に、半導体、記憶装置、電源、筐体などの部品に加え、ソフトウェアやシステム設計が組み合わさって初めて機能します。
したがって、加工産業の競争力は、単一の工場の能力だけで決まるわけではありません。素材の品質、部品メーカーの技術、組み立て工程の効率、設計能力、品質管理、販売網などが結びついて、はじめて製品全体の競争力が生まれます。
大企業と中小企業がつくる産業の階層構造
加工産業では、多数の部品メーカーを土台として、その上に完成品メーカーが位置する構造が一般的です。
完成品メーカーは製品全体の設計、ブランド、販売戦略などを担い、部品メーカーは特定の部品や加工工程に専門化します。自動車産業であれば、完成車メーカーの周囲にエンジン部品、車体部品、電装品、内装品などのメーカーが存在し、さらにその下に素材加工や部品製造を担う企業が連なります。
この分業構造には利点があります。部品メーカーは特定分野の技術を磨き、複数の顧客に製品を供給できます。完成品メーカーも、すべての部品を自社で生産する必要がなく、製品全体の設計や販売に経営資源を集中できます。
一方で、完成品メーカーと部品メーカーの間で、価格、品質、納期、設備投資の負担などをめぐる力関係が生じることもあります。部品メーカーが特定の取引先に強く依存していれば、完成品メーカーの生産計画や価格交渉の影響を大きく受けます。加工産業を理解するには、完成品だけでなく、それを支える企業群の関係にも目を向ける必要があります。
加工産業には労働集約的な工程も多い
素材産業では、大型設備の内部で原料を連続的に処理する工程が多く、設備の自動化によって少ない人数で大量生産できる場合があります。これに対して加工産業では、部品の製造、検査、組み立て、調整など、人の作業や判断が必要になる工程が多く存在します。
ただし、加工産業のすべてが手作業中心というわけではありません。自動車や家電の大量生産では、専用設備や自動組み立てラインが発達してきました。反対に、コンピュータのソフトウェア開発や大型機械の設計などでは、物理的な組み立て以上に、専門知識や知的労働が重要になります。
つまり、加工産業は、機械設備を使った生産と、人間の知識・技能を必要とする仕事を組み合わせて価値を生み出す産業です。
2. 少品種大量生産と多品種少量生産――異なる二つの競争モデル
自動車・家電に代表される少品種大量生産
加工産業の一つの代表的な形態が、少ない種類の製品を大量に生産する方式です。自動車、家庭用電機製品、カメラなどがその典型です。
大量生産では、製品の仕様や製造工程を標準化し、専用設備や自動化ラインを活用することで、一台・一個当たりの生産コストを低下させます。生産量が増えるほど設備費や管理費を多くの製品に分散できるため、規模の経済が働きます。
しかし、大量生産の競争力は、安くつくる能力だけではありません。消費者に選ばれる製品を企画し、品質を安定させ、販売網を構築し、モデルチェンジを通じて市場の関心を維持することも重要です。生産技術とマーケティングが一体となって初めて、持続的な競争力が生まれます。
多品種少量生産は、設計力と熟練がものをいう
もう一つの形態が、顧客の注文に応じて多様な製品を少量ずつつくる方式です。造船、大型重電機、大型産業機械、工作機械、原子力関連機器などが代表例です。
こうした製品は、設置場所、用途、性能、容量、安全基準などが顧客ごとに異なるため、完成品を単純に大量生産することが難しくなります。受注後に仕様を検討し、設計を行い、必要な部品を調達して製造・組み立てを進めます。そのため、設計技術、工程管理、専門技能、顧客との調整能力が重要になります。
多品種少量生産では、一つの製品をつくるための費用が高くなりやすく、需要の変化によって受注が減れば、工場の稼働率や収益が悪化することもあります。製品を標準化してコストを下げたい一方、顧客の要求に応じて個別に設計する必要もあるため、効率性と柔軟性の両立が課題となります。
二つの生産方式を使い分けることが重要
大量生産と受注生産のどちらが優れているかは、一概には決められません。大量生産は、需要が大きく、製品仕様を標準化できる市場で強みを発揮します。一方、多品種少量生産は、顧客ごとに異なる性能や仕様が求められる市場に適しています。
実際には、両者の境界が曖昧になる場合もあります。自動車メーカーは基本構造を共通化しながら、多様な車種や装備を提供します。産業機械メーカーは、標準化した部品を利用しながら、顧客の工場に合わせて装置全体を設計します。
重要なのは、製品の特性と市場の需要に応じて、生産工程をどこまで標準化し、どこに個別対応を残すかを設計することです。
3. 自動車・家電・カメラ――大量生産を競争力に変えた日本企業
高度経済成長を牽引した成長産業
日本の高度経済成長期には、自動車、家庭用電機製品、カメラ、造船などの加工産業が大きく発展しました。所得の上昇と生活水準の向上に伴い、自動車や家電製品への需要が拡大しました。国内市場が成長するなかで企業は生産設備を拡張し、大量生産によってコストを下げ、品質を向上させていきました。
さらに、国内市場で蓄積した生産技術を海外市場へ展開することで、輸出を拡大しました。日本製品は、単に安価であるだけでなく、故障の少なさ、性能の安定性、品質の均一性などを通じて、国際市場での評価を高めていきました。
量産技術と品質管理の組み合わせ
大量生産で重要なのは、同じ製品を大量につくることだけではありません。数万個、数十万個という製品をつくっても、品質が一定に保たれなければ、返品や修理、顧客からの信頼低下によって、かえってコストが増えてしまいます。
そのため、日本の加工産業では、製造工程を細かく管理し、不良の発生を抑え、作業方法を改善する取り組みが競争力の源泉となりました。設備を導入するだけでなく、現場の作業者が異常を発見し、原因を探り、改善を繰り返すことも重要です。
こうした改善能力は、一度確立すれば終わるものではありません。製品のモデルチェンジや部品の変更、新しい材料の採用などに合わせて、生産工程を調整し続ける必要があります。量産技術とは、大量に生産する設備の能力と、品質を安定させる組織的な能力を合わせたものなのです。
ブランドと販売網が生産技術を収益につなげる
優れた製品を効率よくつくれても、顧客に選ばれなければ事業は成り立ちません。自動車や家電、カメラなどの産業では、製品のブランドイメージ、販売店網、アフターサービス、モデルチェンジなどが重要になります。
大量生産では、設備投資を回収するためにも、継続的に一定の販売量を確保することが求められます。企業は、製品をつくる能力だけでなく、需要を予測し、製品を市場に届け、顧客との関係を維持する能力を育てなければなりません。
ここに、加工産業の経営の難しさがあります。生産効率を高めるだけでは十分ではなく、技術、商品企画、ブランド、販売、サービスを一体的に運営する必要があるのです。
4. 工作機械産業――「機械をつくる機械」が産業全体を変える
工作機械は製造業の基盤である
工作機械とは、金属などの材料を切削、研削、穴あけなどによって加工し、部品をつくるための機械です。旋盤、フライス盤、研削盤などが代表例であり、現代では数値制御装置を備えた工作機械や、複数の加工工程をまとめて行うマシニングセンタなどが利用されています。
工作機械は、一般に「機械をつくる機械」と呼ばれます。自動車のエンジン部品、産業機械の軸や歯車、精密機器の部品などを製造するには、材料を正確な形状や寸法に加工する必要があります。工作機械の精度が向上すれば、そこでつくられる部品の精度も向上し、完成品の性能を高められます。
工作機械は、製造業の競争力を下支えする基盤的な産業なのです。
日本の工作機械産業を成長させた設備投資
戦後の日本では、自動車、電機、産業機械などの生産が拡大し、それらの部品を加工するための工作機械への需要も急増しました。工作機械メーカーは、国内の需要産業の成長に支えられながら、生産能力と技術力を高めていきました。
ただし、工作機械産業の成長は一直線ではありませんでした。工作機械は企業の設備投資に左右される資本財です。景気がよく、企業が工場を拡張すると受注が増えますが、景気が後退して設備投資が抑制されると、需要が急減しやすくなります。
このように、工作機械産業は、他の製造業の成長を支える重要な役割を持ちながら、同時に他産業の景気変動を強く受けるという特徴を持っています。
数値制御と自動化が生産技術を変えた
工作機械の大きな変化の一つが、数値制御(NC)技術の発展です。加工する位置や速度などを数値で指定し、その指示に従って機械を動かすことで、熟練作業者の手作業に頼っていた加工を、より正確かつ再現性の高いものにできます。
さらに、コンピュータ制御や自動工具交換装置などが発展すると、複数の加工工程を連続して実行できるようになりました。これによって、生産性の向上だけでなく、加工精度の安定化や省力化も進みました。
ここで重要なのは、自動化が大量生産だけに役立つわけではないという点です。数値制御技術が進歩すれば、製品ごとに加工方法を変更しやすくなり、多品種少量生産にも対応しやすくなります。技術の発展によって、大量生産と柔軟な生産の両方を改善できるようになったのです。
高い技術力を持っていても需要が減れば苦しくなる
工作機械産業は、技術力を高めればすべての問題が解決するわけではありません。需要産業が最新の設備に更新されれば、工作機械の買い替え需要は一巡します。景気が低迷すれば、企業は新しい設備の導入を先送りすることもあります。
また、顧客企業の設備が高性能化するほど、更新需要の内容も変化します。単純に古い機械を新しい機械に置き換えるだけでなく、加工工程の集約、自動化、工場全体のシステム化などが求められます。
したがって、工作機械メーカーには、機械単体の性能を高めるだけでなく、顧客の生産工程を理解し、加工システム全体の生産性を改善する提案力が必要になります。
5. 産業機械産業――設備投資とともに成長する多品種少量生産
産業機械は幅広い産業の生産設備をつくる
産業機械とは、工場や事業所などで使用される機械・装置のうち、主として電気機械や輸送用機械を除いた設備機械を指します。建設・鉱山機械、化学機械、食品加工機械、繊維機械、運搬機械、ポンプ、原動機など、対象となる製品は非常に多様です。
この多様性のため、産業機械を一つの共通した製品市場として捉えるのは簡単ではありません。それぞれの機械が、異なる用途、技術、顧客を持っているからです。
ただし、多くの産業機械に共通する特徴があります。顧客の用途に合わせた設計が必要になりやすく、受注生産や多品種少量生産の比重が高いことです。また、設備投資と密接に関係するため、景気変動の影響を受けやすく、部品製造などでは中小企業の役割も大きくなります。
高度成長期の設備投資が産業機械を育てた
高度経済成長期には、鉄鋼、化学、電力、建設などの産業が設備を拡張しました。工場の生産能力を増やすためには、新しい製造装置、運搬設備、加工機械、ポンプ、ボイラーなどが必要です。こうした需要が産業機械の生産を押し上げました。
その後、企業の設備投資の目的は、単なる生産能力の拡張から、合理化、省力化、自動化、環境対策などへと広がっていきました。生産量を増やすための機械だけでなく、少ない人員で生産を行う機械や、汚染物質の排出を抑える装置などが求められるようになったのです。
この変化は、産業機械メーカーに新しい市場をもたらしました。社会や産業が直面する課題そのものが、新たな機械や装置への需要を生み出したといえます。
中小企業の技術力と企業連携が重要になる
産業機械には、顧客ごとに異なる仕様や設置条件に対応する製品が多く、すべての工程を一社だけで完結させることが難しい場合があります。設計、加工、鋳造、部品製造、組み立て、据え付け、保守など、多くの企業の協力が必要になります。
そのため、産業機械の競争力は、完成品メーカーの技術だけでなく、部品メーカーや専門加工企業との連携にも左右されます。高度な技術を持つ中小企業が、特定の部品や工程を担うことで、全体として高性能な機械をつくることができます。
一方、多品種少量生産では、製品ごとに設計や工程が異なるため、コストを下げにくいという問題があります。部品や設計の共通化、規格化、標準化を進めながら、顧客の個別要求にも対応する仕組みが必要になります。
国内需要の鈍化にどう対応するか
設備投資が成長を牽引する時期には、産業機械メーカーは国内の大きな需要を背景に成長できます。しかし、国内の設備投資が鈍化すると、従来と同じ市場だけに依存することは難しくなります。
そこで重要になるのが、輸出市場の開拓と製品の高度化です。建設機械や農業機械など、技術水準を高めてきた分野では、海外市場への展開が成長の機会になります。また、プラント輸出のように、機械単体ではなく、複数の設備を組み合わせて一つの生産システムを提供する方法もあります。
プラント輸出では、機械や電気設備を組み合わせるだけでなく、設計、建設、据え付け、試運転、技術指導などを一体的に提供する必要があります。ここでは、個々の機械の性能に加え、全体を統合するエンジニアリング能力が付加価値を生み出します。
6. 重電機産業――電力と社会基盤を支える大型機器
発電所や工場を動かす機械をつくる
重電機産業は、発電機、変圧器、大型電動機、送配電設備など、電力の生産・変換・供給や大規模な産業設備に用いられる機器を生産する産業です。電力会社の発電所や送電網、工場の生産設備、鉄道など、社会の基盤となる施設に深く関わっています。
重電機は、一般消費者が店頭で購入する製品とは異なり、発電所や工場などの設備計画に合わせて設計されることが多い製品です。大型で高価なうえ、長期間にわたって安全に使用されることが求められます。そのため、機器を製造する技術に加え、システム設計、据え付け、試運転、保守などの能力も必要です。
技術力と長期的な信頼が競争力を左右する
重電機器は、故障すると電力供給や工場の操業に大きな影響を及ぼす可能性があります。そのため、顧客は購入価格だけでなく、性能、安全性、耐久性、保守体制などを重視します。
また、発電所や送配電設備のような大型プロジェクトでは、計画から稼働までに長い時間がかかります。設計変更や納期の遅れが全体の計画に影響するため、複数の企業や専門分野を調整するプロジェクト管理能力も重要です。
このような産業では、量産型の家電製品とは異なる競争モデルが成立します。大量に製造して価格を下げることよりも、高度な設計技術、信頼性、顧客の要求に応じる能力、長期の保守サービスが競争力の中心になるのです。
7. コンピュータ産業――ハードウェアからソフトウェアへ広がる価値
コンピュータは加工産業の新しい成長分野だった
コンピュータ産業は、加工産業のなかでも、技術進歩の速さと他産業への影響の大きさが際立つ分野です。コンピュータは事務処理や科学技術計算だけでなく、企業の生産管理、金融取引、通信、設計、行政など、多様な用途に利用されます。
コンピュータの発展は、機器そのものの生産を増やすだけでなく、情報処理サービス、ソフトウェア開発、保守、データ通信、機器の賃貸など、周辺産業を成長させます。つまり、ある製品の普及が、その製品を使うための新たなサービスや事業を生み出すのです。
ハードウェアだけでは競争できない
コンピュータは、機器を組み立てれば完成するという単純な製品ではありません。利用目的に応じたソフトウェア、システム設計、導入支援、保守などが必要になります。
例えば、企業が会計処理にコンピュータを導入する場合、機器を購入するだけでは業務は変わりません。既存の業務を分析し、必要なソフトウェアを用意し、データを移行し、従業員が操作できるように教育する必要があります。導入後も、障害対応や更新作業が続きます。
このため、コンピュータ産業では、ハードウェアの製造コストだけでなく、ソフトウェア開発やサービスの価値が重要になります。製品を売ることと、製品を利用できる状態にして顧客の課題を解決することは、異なる事業なのです。
巨額の研究開発投資が競争構造を変える
コンピュータの高性能化を進めるには、半導体や記憶装置、処理方式、ソフトウェアなど、さまざまな領域で研究開発を続けなければなりません。開発費が大きくなると、企業には、投資を回収できるだけの販売規模が求められます。
大きな資本力を持つ企業が研究開発を先行させ、製品を広く販売することで、さらに次の開発に投資する。この循環が成立すると、先行企業が市場で優位に立ちやすくなります。反対に、開発競争に必要な資金を確保できなければ、技術力があっても市場から撤退せざるを得ない場合があります。
当時のコンピュータ産業では、米国の大手企業が強い競争力を持ち、日本企業は海外技術の導入や国産機の開発を組み合わせながら、国内市場での地位を築こうとしていました。政府による研究開発支援や企業間のグループ化も、競争力を高めるための重要な政策手段として位置づけられていました。
ここから得られる教訓は、先端技術産業では、製品を製造する技術だけでなく、継続的に研究開発へ投資できる資金力、市場を確保する力、ソフトウェアやサービスを含む事業構造が重要になるということです。
8. 先端技術産業と国家の役割――企業だけでは難しい研究開発
技術の波及効果が産業全体を変える
コンピュータや電子工業の技術は、それ自体が一つの製品を生み出すだけではありません。工場の自動化、品質管理、通信、設計、物流、事務処理など、多くの産業に応用できます。
例えば、コンピュータ制御技術が発達すれば、工作機械の精度や自動化の水準が向上します。工場の生産データを分析できるようになれば、在庫管理や設備保全の方法も変わります。一つの技術分野での進歩が、他の産業の生産性を引き上げるのです。
このような効果は「技術の波及効果」として理解できます。先端技術産業への投資は、その産業だけでなく、技術を利用する多くの産業の能力を高める可能性があります。
なぜ政府が先端技術の開発を支援するのか
大型コンピュータや原子力関連機器などの先端技術分野では、開発費が巨額になる一方、成果が得られるまでに長い時間がかかります。企業が単独で投資するにはリスクが大きく、技術開発の成果が社会全体に広く波及する場合には、投資した企業だけが利益を回収できないこともあります。
こうした事情から、政府が研究開発を支援したり、企業間の共同開発を促したりすることがあります。開発費やリスクを分担しながら、国内の技術基盤を育てようとするわけです。
ただし、政府が支援すれば必ず競争力が生まれるわけではありません。開発した製品が市場の要求に合わなかったり、技術の変化が想定より速かったりすれば、投資を回収できない可能性があります。政府の支援と企業の市場対応力をどう結びつけるかが、産業政策の難しいところです。
9. 加工産業の課題――技術導入から自主開発へ
海外技術の導入が産業の近代化を支えた
戦後の日本の加工産業は、海外から技術を導入し、それを国内の生産現場に適用することで急速に発展しました。工作機械、建設機械、産業機械などでは、海外の技術を学び、国内の需要や生産条件に合わせて改良することが、技術水準の向上に役立ちました。
技術導入には、先行国が長い時間をかけて蓄積した知識を利用し、開発にかかる時間や費用を抑えられる利点があります。国内市場の拡大と設備投資が続いていた時期には、導入技術を利用して生産能力を拡張し、品質を改善することが有効な戦略でした。
技術を導入するだけでは、先端分野で優位に立てない
しかし、加工産業が成長し、海外の技術を導入するだけでは十分でなくなると、自ら技術を開発する能力が必要になります。
特に、コンピュータ、大型の産業設備、原子力関連機器、航空機などでは、設計の根幹に関わる技術や、システム全体を統合する能力が重要です。海外企業が技術の提供を制限した場合や、ライセンス契約の条件が厳しくなった場合には、導入技術だけに依存する企業は事業の自由度を失いかねません。
自主技術開発には、研究者や技術者の育成、研究開発資金、長期的な研究体制、失敗から学ぶ組織文化などが必要です。技術を購入する能力と、技術を自ら生み出す能力は異なります。
技術開発を事業の成功につなげる
自主開発を進めれば、それだけで競争力が生まれるわけでもありません。優れた技術を開発しても、顧客が必要としていなければ市場には広がりません。また、技術的に優れていても、製造コストが高すぎれば競争相手に負ける可能性があります。
そのため、研究開発と商品企画、生産技術、販売、保守を結びつけることが重要です。顧客の要求を理解し、技術の目標を定め、量産や据え付けの段階で発生する問題を解決し、製品の価値を市場に伝える必要があります。
加工産業における技術力とは、研究所で優れた成果を出す能力だけではありません。技術を実際の製品や設備に仕上げ、顧客に使われる状態にし、継続的な事業として成立させる能力でもあるのです。
10. これからの加工産業を考える――大量生産と高付加価値化を両立する
国内市場の成長鈍化と海外市場への展開
国内需要が急速に拡大していた時期には、日本の加工産業は国内市場を足場として生産能力を拡大できました。しかし、国内市場の成長が鈍化すると、従来と同じ規模の生産を維持するためには、海外市場を開拓する必要が生じます。
ただし、海外進出は、国内製品をそのまま輸出すれば成功するというものではありません。国や地域によって、顧客の要求、価格水準、規格、販売網、保守体制などが異なります。現地の需要を理解し、製品やサービスを調整する能力が必要です。
また、現地生産を行う場合には、部品調達や人材育成、品質管理、技術移転なども重要になります。国際化とは、工場を海外に移すことだけではなく、開発、生産、販売、サービスを国際的に組み立てることなのです。
標準化と個別対応を組み合わせる
加工産業がコストを下げながら顧客の多様な要求に応えるには、製品や部品の標準化が重要になります。部品を共通化すれば、調達量をまとめやすくなり、在庫や製造コストを抑えられます。設計を標準化すれば、開発期間を短縮し、品質を安定させやすくなります。
一方、すべてを標準化してしまうと、顧客ごとの要求に十分対応できなくなる場合があります。産業機械や大型設備では、設置環境や生産工程に合わせた調整が欠かせません。
そこで、共通化できる部分は標準化し、顧客ごとに異なる部分だけを設計し直す方法が重要になります。これは、大量生産の効率性と、多品種少量生産の柔軟性を両立させるための考え方です。
機械単体の販売から、システムとサービスの提供へ
今後の加工産業では、機械そのものの性能だけでなく、機械を使って顧客の課題を解決する能力がますます重要になります。
例えば、産業機械メーカーが設備を販売するだけでなく、工場全体の設計、稼働状況の監視、故障の予防、部品の供給、作業者の訓練まで提供すれば、顧客との長期的な関係を築けます。プラント輸出でも、設備を納入するだけでなく、操業開始後の支援や性能保証が大きな価値を持ちます。
コンピュータ産業でハードウェアとソフトウェア、保守サービスが結びついていたように、他の加工産業でも製品とサービスを一体的に提供する方向が考えられます。製品を一度売って終わるのではなく、顧客が製品を利用する期間全体に価値を提供するという発想です。
加工産業の競争力は、産業全体の連携から生まれる
加工産業の競争力を考える際には、完成品メーカーだけに注目しても全体像は見えてきません。素材の供給、部品の製造、工作機械、ソフトウェア、物流、保守、人材育成など、多くの分野が結びついているからです。
自動車の性能を高めるには、完成車メーカーだけでなく、素材メーカーや部品メーカーの技術も必要です。高性能な工作機械を開発するには、精密部品、制御装置、ソフトウェアなどの能力が欠かせません。大型設備を海外に輸出するには、機械の製造に加え、設計、建設、現地での操業支援が求められます。
このように、加工産業は、企業単独の技術力だけでなく、産業を構成する企業群がどのように連携しているかによっても競争力が左右されます。
11. 日本の加工産業から学べること
日本の加工産業の発展は、国内市場の拡大、設備投資、技術導入、量産技術の向上、品質管理、輸出の拡大などが組み合わさって実現しました。一方で、産業ごとに異なる課題も明らかになりました。
自動車や家電のような大量生産型の産業では、生産効率と品質に加えて、商品企画、ブランド、販売網が重要になります。工作機械や産業機械では、顧客の設備投資に対応する技術力と、景気変動に耐える経営力が求められます。重電機や大型設備では、信頼性、システム設計、長期の保守能力が競争力を左右します。コンピュータのような先端技術産業では、研究開発投資、ソフトウェア、サービス、市場を確保する力が重要になります。
これらに共通するのは、技術を開発することと、その技術を市場で価値に変えることの両方が必要だという点です。優れた機械をつくるだけでなく、顧客の要求を理解し、必要な部品を調達し、品質を確保し、製品を届け、利用を支援するところまで含めて、産業の競争力が成立します。
加工産業は、素材産業から供給される材料を利用しながら、機械、設備、輸送機器、電子機器などを生み出し、さらにそれらの製品を通じて他の産業の生産性を高めます。産業全体の技術水準を引き上げるという意味で、日本経済の発展にとって極めて重要な存在です。
これからの加工産業に求められるのは、過去の成功を支えた大量生産の強みを維持しながら、研究開発、システム統合、ソフトウェア、サービス、国際展開などの能力を高めていくことです。「よい製品を効率よくつくる力」から、「顧客の課題を解決し、産業全体に新しい価値を生み出す力」へと競争力を広げていくことが、加工産業の持続的な発展につながります。
